『事上磨錬』・・・ 人須在事上磨錬做功夫、乃有u。 若只好靜、遇事便亂、終無長進、那靜時功夫亦差。

2010年01月27日

「足るを知る(知足)」と「足らざるを知る(知足)」

作家であり陽明学研究家の林田先生のブログ記事を紹介させて頂きます。

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「満足することを知らない者はたとえ金持ちでも不幸である」

25日(月)である。
娘・玲奈(中1)が、布団に入って連続アニメ「フランダースの犬」を見ながら、突然こう言った。

「ねえ、龍明、私たち、幸せだね。
テレビもあるし、あったかい床暖房もあるし、温かいお布団で眠れるし、美味しいご飯も食べれるし、DVDで映画も見れるんだよ」

まさに不足を不満を挙げ始めたら、それこそきりがないわけで、玲奈は、まさに「足るを知る(知足)」ことを自覚したのであろう(笑)。

この言葉は、人間の欲望を否定する言葉だ、などという解釈をする人がいるようだが、そうではない。
ほどほど、そこそこで満足しなさい、ということを説いているのだ。

「満足することを知っている者は貧しくても幸せであり、満足することを知らない者はたとえ金持ちでも不幸である」ということである。

欲深い者は、なんだかんだ理由づけをしようとも、結局、満足することを知らないのだから、不幸なのである。

神秘的な石庭で有名な龍安寺のつくばいにある文字
「吾唯知足」
に関して、「知足」には、もうひとつ、
「足らざるを知る」
という読み方があることは、以前、触れたが、
「自分は、まだまだで、足りないんだ。未熟なのだ」
と理解することで、謙虚さが生じてくるのである。
人間、完全、完璧な人はいないのだから、謙虚さが必要、という意味で、私は、「足らざるを知る」と読む方に軍配を上げている。
 これが、
「足るを知る」
だと、現状に満足するということで、満足感になる。
もちろん、この「足るを知る」を否定しているわけではないし、むしろとても大切なことだと思う。
私の場合、どちらかと言えば、という話である(笑)。
何故なら、自分が欲深い
「凡夫」
であることを、常々思い知らされているからである(苦笑)。


この記事を読んで色々と思い返したことがあったので、その事を林田先生にメールさせて頂いた所、先生のブログで僕のメールを紹介して頂きました。
カンボジアのM氏からのメール「学校へ行けないのが当たり前、子供は仕事をするのが当たり前」

何も貰うことばかりが欲ではなく、もっと与えたいと思うことも欲ですね
改めて、今ある「当たり前」に感謝です。

林田先生のブログは時々ここでも紹介しておりますが、いつも本当に色々なことに気付かされ、学ばせて頂いております。
宜しければ一度読んでみて下さい。
林田明大の「夢酔独言」


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posted by ジン at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | Cambodia Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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